第11回翻訳コンクール 一次審査講評

課題作品は、“Sister” という、フォークナーやヘミングウェイ、スタインベックなどにも影響を与えたシャーウッド・アンダーソンの短編。今回のテキストはかなり難しかった。兄妹(姉弟ではない)愛と、行動する芸術家と表現する芸術家の差異がテーマになっていて、じっくり読み込むことを要求される。細かい点はいろいろあるが、訳文のばらついた箇所に絞ってコメントしてみたい。ただ、評者にもまだ不安な点があることはお許しいただきたい。
 
一次審査の合格者は29名。今回から合格者にはそれぞれ評価(上から順にA、A、A、B、B)を付してお知らせすることにした。ちなみに、A:5名、A:12名、B:11名、B1名。なお、Aは当校卒業に近い実力、Aは当校の研究室生レベル、Aは研究室に入校可能レベル、Bは日本語力・英語力がいま一歩、Bはこれからの勉強しだい。今回B、Bの方も一次通過したが、これはあくまでも訳文の面白さ、そこから見える将来性に期待してのこと。
 
【ポイントチェック】
* p.1, 1行目 “The young artist is a woman,”
まず、冒頭部分。この手の短編では、特に出だしと末尾の文章に気を配る必要がある。ここは、その若いアーティストは女で、とすべきであって、この若い女はアーティストで、ではないだろう。
 
*       p.1, 6行目  “He is not concerned about me,….”      
(父親)は私のことなどまるで無関心だが、というニュアンスが必要で、私のことは心配していない、ではない。
 
* p.1, 12行目 “…. she was awkward and boyish and tore her clothes climbing trees.”
妹は……木登りをしては服にかぎ裂きを作っていた。→服を破っていた、では、妹が自分で破ったようにも受け取られる。
 
* p.1, 13~14行目 “…. she would slip away from the house and go to walk in the streets.”
妹は毎日のように家から抜け出し、街中をほっつき歩いていた。→通りを散歩していた、ではない。
 
* p.5, 16~17行目 “My sister, she declared, would end by having brain fever.”
脳炎にかかって死ぬ、と心配するのは母親であって、妹ではない。
 
* p.2, 4行目 “After the whipping my father was ill.”
妹を鞭打ったあと、父は嘔吐した。→父は寝付いた、の意ではないと思う。
 
* p.2, 8~9行目 “…. it is a trick of my mind never to remember her figure in connection with the things she has told me.”
母のおしゃべりに関連して母の姿が浮かび上がってこないのは、たぶん、私が勝手に心のブレーキをかけているせいだろう。→ここは日本語になりにくいところなので要注意。
 
* p.2, 14~15行目 “I have a feeling that the walls of our house told me the story of the whipping. I could never live in the house afterwards ….”
我が家の至る所に鞭打ちの記憶が染み付いているようで、この家に留まることに耐えられず……。→ここも難しい。我が家の壁という壁が鞭打ちのことを語りかけてくるようで、でももちろん結構だが、原文を文字通りにしか理解していないような訳文が多かった。だからこそ、自宅にはいられず、という繋がりもきちんと捉える必要がある。
 
* p.2, 20行目 “I am the world and my sister is the young artist in the world.”
私は妹にとって世界そのものであり、妹はその世界における若きアーティストだ。→ここもかなり訳文がぶれたところ。評者としては、妹にとって、と入れたほうが理解しやすいと思う。
 
* p.2, 26行目 “My sister is the most wonderful artist in the world,”
その世界における妹のアーティストぶりは目を見張るばかりだ。→ここで言っているのは、兄である私が妹の愛の手練手管にいいようにあしらわれているということだろう。妹は世界一のアーティストで、では意味がわからない。だいたい、どうして世界一だとわかるのか。
 
* p.2, 27行目 “When she has talked of her adventures,”
妹が自らのアバンチュールを語ったりすると、→これも、手練手管の一つであろうし、冒険談、ではもう一つ意味があいまいだ。
 
* p.3, 4~7行目 “She is the artist right to adventure in the world, ~ that can be seen from my window when my couch is properly arranged.”
妹はそのようなアバンチュールに相応しいアーティストであり、そのために必要とあらば破滅することも辞さないのだろう。一方、カウチに寝転がっている私は、その世界に憧れながら、せいぜいカウチを適当な位置にずらし、窓越しに夜空の煌めく星ぼしを目を眇めて眺めているだけなのだ。→ここも難しいが、行動する芸術家と言葉で表現する芸術家が互いに惹かれながらも、越えるに越えられない一線があることを示唆しているのだろう。
したがって、このthe workerは、労働者の意ではあるが、この世界の単なる住人、ごくつぶし、凡人、表現者といったニュアンスではないだろうか。