第11回翻訳コンクール 2次審査選考講評

第11回翻訳コンクール 二次審査講評

課題作品は“The Corn Planting” という、一次審査の課題と同じくシャーウッド・アンダーソンの短編。アメリカの田舎町で農業を営む両親と、シカゴで暮らす一人息子の話が題材となっている。原文はそれほど難しい文章を用いてはいないものの、内容が哲学的かつ文学的で、かえって訳しにくいと思われた方も多いだろう。誤訳する個所は少ないが、逆に、理解力が問われる厄介なテキストだ。したがって、会話の調子や雰囲気、そして内容をどれだけ読者に実感させられるかがカギとなった。

残念ながら、前回に続いて今回も最優秀者は該当者なしとなった。優秀者のほかに次点として6名挙げさせていただいた。我々としては一人でも多く新人翻訳家にデビューしてもらいたいところだが、結局は拙速が最悪の結果を生むことになる。文筆業の道はそう楽なものではないとご理解いただければありがたい。

【ポイントチェック】
* p.1, 1行目~2行目 The farmers ~ in town.
三文とも平易な英文だが、直訳的な訳文で繋げると、日本語としておよそ意味の通じない文章になる。農夫たちが街の生活に溶けこみ、彼らの子供たちの中には街の学校に通っている者もいるという意味合いが読み取れるような文章にしてもらいたい。
 
* p.1, 12行目~13行目 Hatch was the only son ~ until his father died.
「父親が死ぬまで農園で働いた」というような訳し方をすると、その後は農園で働いていないという解釈をされるので、そのような基本的なミスは絶対に避けたいところ。普通に訳せば、「ハッチは一人息子で、家に留まって家業に専念し、やがて父親が死んだ」くらいの表現になるが、前文 “although he lived a long time after the war,” から、すでに父親が死んでいることは察しがつくので、(この文の訳し方いかんによっては) “until his father died” はあえて訳さなくてもよい箇所かもしれない。もっとも、ここで著者が言いたいのは、まともに仕事のできる体ではなくなった父親に代わって、ハッチが家業(農園)を継ぐ決心をしたということなので、その点はきちんと読み取ってほしい。

* p.1, 17行目~18行目 They seemed to fit ~ clothes they wear.
ここはニュアンスが微妙なところ。しかし評者としてはかなり重視している場面だ。多くの方が、(着ている)服がなじんでいくように、と訳しているが、ニュアンスは逆だろう。つまり、身体のほうがやがて服になじんでくるように、の意であろうと思う。
 
* p.2, 11行目 straightforwardness
「正直な」とか「素直な」とかという文字どおりの訳し方では上辺を繕っただけの薄っぺらい文章になる。ここでの “straightforwardness” には良い意味での青臭さといったような意味が込められているので、「一本気」くらいの言葉が適当だろう。訳し方を工夫すれば、「男気にあふれた」というような表現も使えるかもしれない。
 
* p.2, 19行目~20行目 depended on their one son,
「一人息子に頼る」というような訳し方をすると、金銭的に依存していたというニュアンスが出てしまう。確かに、息子は実家に仕送りをしていたが、両親はそれを当てにしていたわけではないので、ここも文脈に即した訳を考えるべき箇所。「息子を生き甲斐にしていた」というような表現が良いだろう。

* p.2, 23行目 after the little old wife had got the supper,
「老妻が夕食を済ませてから」or「老妻が夕食の支度を終えてから」いずれの解釈も可能。ただ、前者の解釈を用いるなら、主語を老妻に限定せず、「老夫婦が夕食を済ませてから」という意味合いの訳し方をするほうが自然だろう。

* p.2, 27行目~28行目 They might be in one of the fields, ~ they came running.
“one of the fields” を「畑のうちの一つ」と訳すのはただの和訳で、翻訳ではない。ここは、ハルの姿を目に留めると、どんなに畑仕事が忙しくても、老夫婦は作業の手を止めて駆けつけてくるということを言いたいところで、畑の数は問題ではない。上記のような訳し方をすると、文章のリズムが崩れるだけでなく、焦点のぼやけた訳文にもなりかねないので注意してもらいたい。

* p.3, 3行目~4行目 the letters were always delicious.
この “delicious” は訳しにくい。「ユーモアに富んだ」というような訳でも意味は通じるが、今一つ釈然としない。このような場合は、一度この英単語を完全に頭から閉め出し、どのような日本語を使えば文脈に適った表現になるかということを考えてほしい。ここでは「心温まる」くらいの訳が良いのではないか。

* p.3, 6行目~7行目 young stenographers hurrying into office buildings.
オフィスビルへ急いでいるのが速記者(stenographer)だとウィルには断定できないだろう。この “stenographers” は「サラリーマン」とか「ビジネスマン」くらいの意味で使われていると思われるので、そういう訳し方をすべきところ。 

* p.3, 10行目 He was always at them to come there on a visit,
この “He” はウィルを指している。ハルを指すなら “come there” の部分が “go there” でなければならない。

* p.4, 2行目 “Let’s walk out,”
「歩いていこう」ではなく、「歩こう」と訳すべき箇所。説明しにくいところだが、この文脈においては短くきっぱりした訳文にするほうが文章が生きてくる。微妙なニュアンスを汲み取ってもらいたい。

* p.4, 17行目 That was all.
色々な訳し方のできるところだが、「すべてが終わった」くらいの訳がいいのではないか。

* p.4, 18行目~19行目 Hal told him, and the door went shut again with a bang ~
ハルは何かを言ったのだが、言い終える前にドアがぴしゃりと閉じられたという状況だろう。その意を汲んだ訳し方をしてもらいたい。

* p.4, 20行目~21行目 “Well,” he said, and “Well,” I said.
この “Well” も先ほどの “Let’s walk out,” 同様、短い言葉で訳したいところ。“彼”と“私”は互いの心中を充分に察しているので、長い言葉は必要ない。「ああ」とか「うん」、「さて」くらいの表現が適訳だろう。

* p.5, 12行目 stay silent for a time.
普通に訳せば「しばし静かに佇む」くらいの感じだが、ここは息子の死を悼んでいるシーンなので、その意を強調して「しばし天を仰ぐ」とか「しばし黙祷する」とかというような表現を用いてもいいかもしれない。

* p.5, 24行目  But Hatch Hutchenson and his wife ~ after that night,
この文章は、その夜を境に、つまり、息子の死がきっかけとなって、ハッチとその妻が達観したということを意味しているので、「その夜、ハッチとその妻は一つの境地に達した」ぐらいの訳が妥当だろう。
一見訳しづらそうな箇所だが、文章全体の流れをきちんと把握していれば、それほど難しくないはず。