第13回翻訳コンクール 一次審査講評

 課題作品は、二次審査においても使用するため、ここでは伏せさせていただくが、著者は米国の自然派の作家として著名な人物である。評者も昔、この著者の作品を翻訳・出版させていただいた思い出がある。
 彼の作品は詩的な表現が多く、苦労させられたことを覚えている。しかし、評者の大好きな作家であることは言うまでもない。
 さて、今回の成績はどうだったか。やはり細かい部分でのミスが多かったようである。その点は、ポイントチェックで指摘するので、それぞれが自分の訳文と突き合わせていただきたい。きわめて大まかな言い方だが、この程度の分量であれば少なくともミスは一箇所、に留めるべきだろう。私はケアレスミスにはそれほど文句は言わない。問題は、間違えてはいけない箇所での誤訳である。
 そのような重要な箇所を以下に列記するので、ぜひ参考にしていただきたい。
 
 一次審査の合格者は21名。うち、A-:8名、B+:10名、B:3名。
 なお、この評価の内容については以下のとおり。
 
A+:当校研究室レベル
A :当校研究室レベルに今一歩
A-:日本語、英語力ともに一応の合格点
B+:日本語、英語力ともにもう少しの努力が必要
B :日本語は一応の合格点だが、英語の理解力がやや不足
 
前回もそうだったが、一次試験の合格レベルは少なくともA-だ。したがって、今回の結果は二次試験への期待を込めてのこと。二次試験の合否レベルはA以上であることをご承知おきください。
 
【ポイントチェック】
* p1, 下から10行目 “~,if a bit weathered in an English tweed shooting jacket and jeans.”
くたびれて見えるのは野暮ったい服のほうではなく、彼女自身がということだろう。
 
* p2, 上から8行目 “~.I should have saved myself for a Cambodian cook.”
カンボジア料理でも作っていたほうがまし、という訳が多かったが、間違っている。カンボジア人のコックのほうがましだったかも、の意。
 
* p2, 上から12行目 “ He never says a thing he doesn’t rehearse. He’s a rerun.”
ここは言い回しが面白い。「前もって練習しないと、ものも言えないような男よ。つまんないったらありゃしない」でももちろんOKだが、sayにこだわらず、「あいつはね、お手本なしには何もできないの。なんでも二番煎じなのよ」という訳も可能だろう。
 
* p2, 下から14行目 “ The mother calls out from the platform but ~”
ここは、「プラットホームから母は娘に呼びかけた」ではない。もしプラットホームなら、列車は母親を残して出発したことになる。小さなことだが、こういうところへの目配りが大切なのだ。正解は、「列車のデッキから」
 
* p2, 下から5~2行目
ここは長いので英文は省かせていただきたい。訳文にかなりのバラつきが見られたところだ。
「グウェンは人一倍、知的な人間だ。しかし今日は、なぜか急に老け込んだように感じている。加齢に伴う人生の諸々以外、世の中のことはすべて理解しているつもりだったのに、年を取るのと同様、自分の力ではどうにもできない世界へ突き落とされたような気がする。それは、かつて愛した男が獄中にあり、死ぬかもしれないという事実がもたらしたものだった」
 
* p3, 上から1~4行目
ここも訳文が大きくバラついたところだ。自分の訳文を丁寧にチェックしていただきたい。
「彼女は生来、気の弱い人間ではない。しかしいまは、精神的疲労と純粋に生理的な理由がない交ぜになり、がらんどうのエレベーターシャフト、蓋をしていない井戸、あるいは湧き出る甘美な泉のそぎに潜む流砂、そういった場所に足を踏み出していくように感じて戸惑っていた」
 
* p3, 上から15~16行目 “ ~ and his curiosity about the natural world extended, as it rarely does, into human affairs.”
ここも、意外なほどきちんと訳されていない。
「~そして野生生物学者には珍しく、その興味は自然界だけでなく人間にも向けられていた」
 
* p3, 下から18~17行目 “ The fact was his wife disapproved of the very idea of California and settled for his daughter’s annual Christmas trip back home.”
この文章にも落とし穴があったようだ。(娘が)カリフォルニアに住むことに反対しているわけではない。
「彼の妻はカリフォルニアという土地そのものが嫌いで、毎年クリスマス休暇に娘が実家を訪れるということで妥協しているのだ」
 
* p3, 下から13~11行目 “ She was voluble in a way she couldn’t remember, and in a manner she couldn’t have been with someone her own age.”
ここも訳文がバラついた箇所だ。原文的にはin a wayとin a mannerと使い分けていることに注意しよう。
「彼女は自分で覚えがないほどに、そして同年輩の人間に対してはあり得ないほどに饒舌になっていた」
 
* p4, 下から4行目 “~, and vandalized the local draft board office.”
問題は、vandalizedの訳だ。彼らはなんのために一ガロンの牛の血と、やはり一ガロンの糊を盗んだのか。そして徴兵委員会ビルに押し入ったのか。原文には、ビル内に押し入った云々の描写、あるいは血と糊を混ぜたという説明もないが、もしvandalizedを単に、破壊工作を行った、と訳すなら、前段の答えにつながらないし、辞書の訳をそのまま使ったにすぎない。ここはやはり、血と糊の混ざったもの、つまり拭き取りにくい汚物を「ぶちまけた」と訳すべきだろう。
 
* p4, 下から2行目 “~, especially the parents who missed the drama ~”
ここは、評者がもっとも重視した箇所だ。
「とりわけ、事情を知ることもできぬ両親にとって」ではないだろう。裁判がある以上、両親が事情を知らないことはあり得ない。誤訳を恐れぬ!評者としては、「若者たちの情熱を理解できぬ両親にとって」と訳したいところだ。
 
以上です。評者の勘違いもあるかもしれません。表現者は、自分の一語一語に責任を持たなくてはなりません。つまり、自分なりに確信を持った〝誤訳〟は許容範囲内ということです。二次試験、どうぞ頑張ってください。