第14回翻訳コンクール 一次審査講評

 講評をするたびに思うのだが、誤訳に気をつけてもらいたいとか、日本文がおかしい、会話が精彩を欠いているとか、毎度同じようなことを言っている気がする。それを読むほうも、たぶん、またかと思われているにちがいなく、そう思うとますます気が滅入ってくる。それではならじと、わが身を励ますことにしよう。
一次審査で、私は合格者のすべてに短いコメントをつけている。これは社内資料として保管するためだが、今それを読み返してみると、「細部が雑」、「日本語に難」、「誤字・脱字アリ」、「致命的な誤訳アリ」などのコメントばかりである。なかに二人ばかり、「日本語表現に見るべきものアリ」とあった。この最後のコメントが意味しているところは、「英文解釈はマダマダだが」であることは言うまでもないだろう。
さて、今回の最大の難関は最初のパラグラフである。ここで、合格・不合格がはっきり分かれたと言ってもいいぐらいだ。一番気になったのが、原文を日本語にすることに一生懸命で、さっぱりイメージの湧いてこない、単に格好をつけただけの表現である。
私が小説の文章でもっとも大切にするのがイメージだ。読者の眼前に繰り広げられるシーンが、イメージとして沸いてくるのでなければなんの意味もない。続いて、あくまでも私見だが、技術翻訳をやっている方に多く見られのがこのタイプだ。すなわち、意味は正確に取れているが、読んでいて味も素っ気もない……。ついでに私見を重ねれば、つまらない正訳よりも、たとえ誤訳であってもきらきらした日本語のほうがよっぽどましということである。何度でも言うが、小説の翻訳はあくまでも日本語が勝負なのだ。
 
一次審査の合格者は26名。うち、A:2名、A-:15名、B+:9名。
なお、この評価の内容については以下のとおり。
 
A+:当校研究室レベル
A :当校研究室レベルに今一歩
A-:日本語、英語力ともに一応の合格点
B+:日本語、英語力ともにもう少しの努力が必要
B :日本語は一応の合格点だが、英語の理解力がやや不足
 
それでは、今回は最初のパラグラフだけを俎上に載せるとしましょう。
 
【ポイントチェック】
* p1, 1行目 Dark had descended on ~
夕暮れが迫っているのか、それともすっかり暗くなってしまったのか、私としては大いに迷うところです。原文は完了形になっているため、後者と取る方が多かったが、私は前者だと思っています。そう思う理由は後述します。
 
* p1, 2行目 ~ and the grinding, rasping street life of the city ~
この訳として、たとえば、ぎすぎすして気の休まらない都会の活気というのがありましたが、これはやはり、英文をなんとか日本語らしく、あるいは小説っぼく直そうとしているだけで、自分でこのシーンを表現しようとしているとは思えません。ここはもっと簡単に、耳障りで絶え間ない都会の喧騒、くらいで十分ではないでしょうか。
 
* p1, 4行目 The sash curtains drawn across the panes ①of the inner door softened the light within ②to a warm blur through ~
①の訳として、窓枠を覆っているカーテン、というのが多くありましたが、覆うのはガラス窓でしょう。
②このlightは、室内にずっと点っていた明かりなのか、外から内部に差し込む明かりなのか、迷うところでしょう。迷わないとおっしゃる方にはその理由を教えてもらいたいものです。そして私は、後者をとるため、一行目の訳文は前者を取ったわけです。
これは、ネイティブに確かめていないので確信はありません。つまり誤訳かもしれません。しかし私は、自分で説明のつく誤訳は良しとするのです。
 
* p1, 7~8行目 ~ in a street long since deserted by business and fashion.
事業をする人々が去り時勢から取り残されて久しい、というような持って回った表現をするよりも、あっさり、ビジネスからもファッションからも遠ざかって久しい通り、くらいでいいでしょう。
 
* p1, 8~9行目 ~ the soulless roar of New York, its devouring blaze of lights, the oppression of its congested traffic, congested houses, lives, minds ~
今回は、この部分の訳文で大きく評価が分かれました。どのような文章であれ、日本語になっていなければ、それ以上に、日本語として美しく、イメージを喚起するものでなくてはプロとは言えません。
たとえば、人を圧倒する激しい往来。非情なまでにうるさく、まぶしい。焼き尽くすような電飾のきらめき。魂の欠けた喧騒。雑事や雑念に感じる煩わしさ――こういった表現は、私にとって、それらしい単語を並べたにすぎません。最悪なのは、そのあげくに文章を飾りすぎてしまうことなのです。はっきり申し上げて、文章の下手な方ほど飾ろうとします。翻訳に〝美文〟は必要ないということを肝に銘じていただきたいと思います。
この文章で、とくに難しいのが最後のところです。生活、心と名詞でポンと出すだけでいいのかどうか。本書の訳文は、人がひしめき合う生活の息苦しさがのしかかる、とあります。名詞を単につなげるよりはずっとましでしょう。
ニューヨークの人工的(あるいは、無機質)な騒音、強烈な光の洪水、車が溢れる道路と密集する家々、そこで営まれる生活と心労(心配り?)――わたし自身、とくに最後のところはもう一工夫あって然るべきかと思いますが、これでいかがでしょうか。
今回の講評はこれで終わりです。二次試験に進まれた方のご検討を祈ります。くどいようですが、あくまでも日本語勝負であることをお忘れなく。