第14回翻訳コンクール 二次審査講評

今回は最優秀者一名、優秀者四名、次点四名という結果です。最優秀者の齋藤千春さん、おめでとうございます。早速、貴女の初仕事を依頼させていただきたいと思います。今後の活躍を祈ります。
今回のテキストは、アメリカの女流作家Edith Whartonの作品、「Pomegranate Seed」の中の一節(固有名詞は変更しています)です。心理描写が頻出するため、訳出に苦労された方が多かったようです。誤訳が目に付いた箇所をいくつか挙げてみましょう。
 
【ポイントチェック】
* p.1, 1行目 ‘old entanglement’
遠まわしに言えば、と断っているのだから、それなりの配慮が必要だろう。つまり“昔のいい人”ではそのものずばりになってしまう。過去のしがらみ、くらいだろうか。
 
* p1, 5行目 ‘You’ve got your work cut out for you.Marrying a Don Juan is a sinecure to it.’
ここは特に誤訳が多かったところだ。訳文としては、たとえば「これからがきっと大変よ。ドン・ファンと結婚するほうがずっと楽だってわかるでしょうよ」
 
* p1, 11行目~13行目 Except for~had come true.
まず、不安を抱いているのはシャーロットではなく、ケビンということ。逆に取っている方が大勢いた。主文はnone of these forebodings had come trueなのだから、次のように訳されてはいかがだろう。
友人たちのこうした不吉な予言はどれひとつとして実現しなかった。シャーロットが子供たちをうまく扱えるかというケビンの時折の不安も、彼女の気立てのよさと、子供たちに好かれていることがはっきりするにつれて、しだいに消えていった。
 
* p1, 下から8行目 ~, and had confessed to Charlotte that from the beginning he had hoped the future held new gifts for him.
このbeginningが何を指しているのか。先妻が亡くなった時からなのか、それともシャーロットと出会ってからなのか。これは間違いなく後者だろう。
 
* p2. 下から6行目 No reason why, but that was the worst of it―
これは引っかかりやすい例文だが、これほど誤訳が多いとは思わなかった。理由はない。でも理由のないことが一番始末の悪いところだ、の意。
 
* p3, 12行目~13行目 a letter from a woman―no doubt another vulgar case of ‘old entanglement.’
このvulgarは下品な、猥雑ななどと訳しがちだが、よくある、とか例のくらいで十分だろう。このような細かい部分への配慮がないと、なかなか最優秀には手が届かない。
 
* p3, 15行目 ~with a steady contemptuous hand, ~
これも前段と同じだ。多かった訳文は、汚いものに触るかのように、とか軽蔑したように、だったが、私には不十分に思える。取り澄ました、気取った、あるいは何歩か譲って、自信に満ちた、小馬鹿にしたような、ぐらいだろう。
 
* p4, 1行目 ~, glance at a book or review
ここも細かいところだが、書評とか論評という訳が多かった。しかし本と論評ではバランスが悪すぎる。雑誌、でいいと思う。
 
* p8, 1行目 The prudent ones are the kind that keep their hold on a man.
このprudentの訳でかなり差がついたように思う。計算高いとか抜け目ないという訳文が目についたが、ここは賢明な、賢いの意だろう(おそらくは、マタイ伝25章で使われているprudentと同じ意味合いだろう)。
 
* p8, 19行目 ~and to be helplessly facing each other across a baffling waste of incomprehension.
これは訳しにくいところだ。柔らかくいくか硬くいくか。つまり、砕いてしまうか直訳調にするか判断に迷うところだろう。平たくしてわかり易くしたほうがいいのか、原文のリズムと格調を重んじるべきなのか。こういう場合、私は何とか後者で処理しようと思う。
一切の理解を阻む絶望的な荒れ地を挟み、とするか、理解不能(あたわず)という不毛の地を挟んで、とするか、まあ、意見の分かれるところだろう。
 
さて今回のテキストのp1中段に、~and carried her off on a tropical honeymoon.という一文がある。実に単純な文章だが、私にとっては、翻訳者の力量を見定める格好のフレーズとなった。
熱帯地方での、あるいは南の国(土地)での新婚旅行。最悪でも、熱帯で(、)のハネムーン、だろう。熱帯のハネムーン、では意味はわかるが、文章に対する細かい配慮が感じられないのだ。ちなみに、今回の最優秀者の訳は、トロピカル・ハネムーンだった。
総体的に言えば、これほどの短いテキストの中で一つでも誤訳があれば致命的であることを承知してもらいたい。もちろん、許される誤訳と能力不足がはっきりと露呈する誤訳があるわけで、致命的となるのは言うまでもなく、後者のほうなのだ。
以上