文章に自信がある人は要注意_文芸翻訳のコツ#9
文芸翻訳に“美文”は不要だ
これは、少し文章に自信があって、しかも翻訳の勉強を始めたばかりという人が陥りやすい欠陥です。美文とはつまり、無用な、飾った表現をしてしまうことです。「一顧だにしない」とか、「あり得べからざること」といった文語調を織り交ぜることもそうですし、「機関車が白い煙を吐いた」で済むところを、「白い綿毛が弾けた」と無意識に表現してしまうことです。
体言止めや、ハイフンで括った挿入文を多用することなども含まれます。
美文調が活きる文章とは?
しかし、言うまでもないことですが、この“美文調”が素晴らしい効力を発揮することもあるのです。この英文にはどんな調子の日本文が相応しいか、それを決定する能力が文芸翻訳家には絶対に必要です。
例えば、丸山健二さんの文体です。彼の文章も中年過ぎから変わってきて、今では古い文体を使いこなす“名人”だと言われています。(まあ、これは僕の独断ですから、その点はご承知おきください!) しかし、彼の『日と月と刀』などは、まさにそれが開花したと言える作品になっています。我々も努力して、彼の高みに到達する必要があるでしょう。