文法で気をつけるべきポイントとは?_文芸翻訳のコツ#8

文法を軽視してはならない

 日本人の学生で、アメリカやイギリスの大学を卒業してきたと聞くと、大方の日本人はびっくりします。その類い稀な英語力に圧倒されるというのが正直な所でしょう。

 さてそういう男女がいざ仕事をすることになって、翻訳家を目指した場合はどうなるのか。彼らは基本的に、技術翻訳を目指すことが多いようですが、それはそれとして、彼らがもし文芸翻訳家を目指した場合はどうでしょう?

 僕はそういう若い彼らを沢山見て来ました。確かに、喋ることや読むことに掛けては文句なしという方が多かった。しかし日本でもアメリカでもそうですが、文法をきちんと勉強している自国民は驚くほど少ないのです。僕などは未だに日本語の文法が良くわからず、いろいろな方に聞いているのが実情です。

文法力は上品で洗練された文章にあらわれる

 さて、日本の高校を出てアメリカの大学へ行き、四年間で英語がペラペラになったとします。しかし、文法はどうなのか? 彼らの多くが、そこで首を振ることでしょう。その彼らに、「文法を軽視してはならない」と言っても、おざなりにうなずくだけで、それが本心でないことはすぐにわかります。

 ネイティブと親しく会話ができ、手紙も書けるのだから、これ以上文法なんて要らないよ、と言うのが本心ではないでしょうか。しかし僕はやはり、文法にはそれなりの敬意を払うべきだと考えます。文章を上品かつ洗練されたものにするのは、やはり、最後には文法力だと言う気がするのです。

「名詞の単複」と「時制」に気をつければ誤訳が減る

 僕はよく、学生たちに「名詞の単複と動詞の時制に注意しろ」と言います。

正直なところ、この名詞は単数なのか複数なのか
この時制は単純過去なのか過去完了なのか
その判断ミスさえしなければ、
誤訳の半分以上がなくなるとさえ思っているのです。

 そんなことは簡単だと多くの方が思われるかもしれない。しかし甘く見てはいけません。その落とし穴に嵌り込む人がそれは沢山いるのですから。

 だけど、誤解を恐れずに言えば、文法を金科玉条とする態度も考えものですね。英文法を武器に原文を理解しようとするタイプ、つまり、文章(文学)を “理屈”で捉えようとするタイプには、僕の経験では途中で挫折する方が多いように思います。これはおそらく、作品を “心”で理解しようとしていないからでしょう。