第18回翻訳コンクール 一次審査講評


 一次審査の合格者は19名。うちA+: 1名。A : 8名。A-: 7名。B+:3名。なお、この評価の内容については以下のとおり。
 
A+ : 当校研究室レベル
A  : 当校研究室レベルに今一歩。
A - : 日本語、英語力共に研究室レベルを受験可。
B+ : 日本語、英語力共に更なる努力が必要。
 
今回の出題は、1970年時代の米メジャーリーグでピッチャーとして活躍した父親と、その家族の物語です。そう聞けば、楽しい話のように思われるかもしれませんが、内容は少し違います。父親と家族が相争う話と言ってもいいでしょうか。その点の考察が抜けていると、今回の訳例は失敗するでしょう。
 
【ポイントチェック】
1)P1、下から5行目
I started calling him Warren when I was in college because he was more of a person, a stranger, than a father.
 これはそれほど難しくないところですが、意外と正解が少なかったところです。だいたい、大学生のときに自分の父親をウォーレンと呼び始めたというのが、少しおかしいでしょう!
 父親というより、誰かどこかにいる、一人の他人だった、と訳すのが正しいわけです。
 
2)P2、上から16~17行目
I know they have not spoken to each other in decades, and why should they?
これも訳文は簡単ですが、問題は、decadesの取り方でしょう。つまり、この夫婦は結婚生活の何年かを何も喋らないで過したのか、あるいは別れた後には会話もなかったと言っているのか、です。
 これはやはり、decadesですから、何十年も、と訳すべきでしょう。となると、ここ何十年間も二人は言葉を交わしてもいないし、その必要もないのだ、になるでしょう。
 
3)P2、下から10行目
A pause, relief, then, “I was assuming he was already dead.”
ここは、沈黙と安堵を一緒にするのではなく、沈黙、そして安堵、と不安の混じった沈黙の後に、安堵が来た、ということをはっきり示す必要があるでしょう。
 
4)P3、上から5~6行目
~, and he provided a fine home for Jill and me.
ここもちょっとしたことですが、私自身、裕福な二番目の父親がジルと私に家を買ってくれたのでは、と思ったものでした。しかしやはりそれでは無理があるようです。ここは、彼はジルと私に満足のゆく家庭を与えてくれたのだった、と訳すべきでしょう。
 
5)P3、下から13~14行目
~, and because my father was who he was, great things were expected of me . I rarely met those expectations, but there were moments of promise.
ここも、本書が何を言いたいのかわかっていないと難しくなるかもしれません。要するに父親と息子の相克です。
父が父だけに私への期待は大きく、そうした期待に応えるのは稀だったが、有望そうな瞬間もあるにはあったのだ。
 
6)P4、冒頭の4行
  It began quietly enough with a pulled hamstring. ここから3行ほど。
ここは別に大したことを言っているのではなく、今回の物語の原因がこのようして始まったと述べているわけです。またAAAとかAAとか書いてあるのも、これはメジャーリーグの〝常識〟に関わるもので、シングルAからダブルA、トリプルAと上がってゆき、そこからメジャーリーグへの道が開けるのです。
 つまりここでは、カブスのトリプルAの一塁手がハムストリングの故障で戦線離脱。時を同じくしてメジャーリーグのカブスの一塁手が背中を痛める。そこで仕方なくダブルAにまで手を伸ばし、安アパートで数人のマイナー選手と眠っていたジョー・キャッスルという選手を急遽メジャーリーグに引き上げた、というわけです。
 ですから、この最初の部分はすんなりと訳す必要があります。 
それは、ハムストリングのちょっとした引きつりから静かに始まった。
 
以上です。今回は比較的馴染みやすい文章だったように思います。しかしこういう時こそ、細かい部分の正確な訳出が必要になるのです。特に「ポイントチェック6」の4行では、さり気ないながらも緊張に満ちた描写が必要になります。こういう部分の工夫こそが、文藝翻訳の醍醐味の一つと言ってもいいでしょう。